• サブスク会計学

    第14回

  • 固定収益会計と売り切りビジネスの再定義

    要旨

      売り切りビジネスであっても顧客が固定化すれば収益が継続的に繰り返し発生し定期収益のような性質を持つようになります。つまり顧客との関係性によって収益は定期と非定期の分けられるということです。顧客との関係性によってセグメントを分けた管理会計として固定収益会計というものがあります。固定収益会計を応用することで売り切りビジネスも顧客との関係性次第でサブスクビジネスに再定義することが可能になります。

    1.はじめに

    売り切りビジネスの収益は非定期収益に分類されます。サブスクのように継続的に繰り返し収益が発生することを前提としていないからです。ですが、実際には継続性の担保の程度に疑問があるものの繰り返し収益が発生することがあります。
     例えば、スーパーマーケットやドラッグストアなどの小売業では顧客に商品を売り渡した時点で関係は終了です。その意味ではこれは売り切りビジネスです。ですが、店舗が通勤経路や居住地域に位置していると、顧客の中には継続的に繰り返し来店して商品を購入する人もいます。この場合、契約したわけでもないのに継続的な関係があり、収益が継続的に繰り返し発生することになります。ある意味でサブスクが成立しています。
     このような例は他にもあります。自動車のような耐久消費財は一生のうちに何度も購入するものではありませんし、繰り返し利用する旨の契約をしたわけでもないのに、同じディーラーを繰り返し利用する顧客がいます。この場合もある意味でサブスクが成立しています。
     このように一見して売り切りビジネスに見える業態であっても、継続的な関係の担保の程度が低い顧客との間に継続的に繰り返し発生する収益が存在します。これは簡単に言ってしまえば一般にいう固定客からの収益です。固定客は契約をしたわけでもないのに、まるでサブスクであるかのように利用を継続し収益を発生させます。ここから分かることは、顧客との関係性次第で収益は定期収益にも非定期収益にもなるということです。

    2.固定収益会計のコンセプト

    固定収益会計という管理会計コンセプトがあります。考案者である鈴木先生は固定収益会計のアイデアについて次のように述べています(注1)。

    「顧客関係性の程度によって顧客をいくつかのセグメントに区分する。この顧客セグメントごとに収益を計算して、その収益に費用を対応させることによって利益を計算する。そして、顧客セグメントごとに計算された利益を見ることによって、顧客関係性の程度が利益の安定性や収益性にどのような影響を与えたかを評価するというものであった」(傍線部は筆者が強調)

     誤解を恐れず短く端的に言うならば、要はセグメント別会計のことです。ですが、セグメントを顧客との関係性によって分けたことに独創性があります。デジタルマーケティングや関係性マーケティングで指摘されるような収益性の高い顧客やロイヤルカスタマーを見つけ出そうという試みに似ていますが(注2)、これらと異なり固定収益会計はあくまでも関係性ごとに評価する試みだということです。
     本稿はサブスク会計の議論をしていますから、ここではセグメントをどうやって分けるか。また分けたセグメントをどうやって評価するか。そして、それがサブスクにとってどういう意味があるかといったことを説明していきます。

    3.顧客関係性別セグメントの分類

      固定収益会計では図1に示したように顧客を変動顧客、準固定顧客、固定顧客、準変動顧客の4つのセグメントに分類し、固定顧客を収益維持可能性の高いセグメントと考えます。そして固定客による収益の比率が高まれば財務的な安定性が増すと見るわけです。
     前回、定期収益を将来収益の予測確度と実現可能性によって分類しました(注3)。安定という表現をしませんでしたが、本来不確実であるはずの将来の収益がどの程度確実なのか、つまり安定した収益として見込めるかという目線で分析しているという意味において同じ考え方をしています。

    図1 顧客関係性によるセグメント

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    セグメントを分ける尺度としては取引金額、取引期間、取引回数といったものが挙げられていますが、取引回数が最も有望とされています。取引回数が増えれば取引金額が大きくなり取引期間も長くなるからです(注4)。
     ただし、どれだけの回数の取引をどのくらいの期間の中で実施すればその顧客を固定客に分類することができるのかといったことは画一的に決まるものではなく、業態や取り扱う財・サービスに依存すると考えられるため、実務への適応においては実態に即して仮説と検証を繰り返すしかありません。
     これはLTVと解約率の議論とも通じますが(注5)、根拠となるデータは過去のものです。契約等で将来にわたって継続的利用が担保できていない限り、将来を保証するものではありません。このように過去データをもとに将来を予測するという構図は顧客関係性による分類においても変わらないわけです。
     しかし取引頻度の高かった顧客が突然取引をしなくなることは考えにくく、もし自社への不満や他社の魅力による乗り換えなどで急に離脱されたのであれば、早急に対策が必要な事態であるかもしれない変化を察知できるのですから、過去データをもとに固定客を分類することには意味があります。

    4.固定収益会計の損益計算書

    図2は固定収益会計による損益計算書で固定損益計算書と呼びます。顧客関係性によって分類した各セグメントに収益と個別費用を計上することでセグメント別の収益性と利益が評価可能になります。

    図2 固定損益計算書のフォーム

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    評価の例を一つ挙げると、基本的には固定客を増やすことが望ましいわけですが、固定客を増やすためのキャンペーン費用を投じ過ぎていれば固定客セグメントからの利益が過剰に減るなどの現象を把握できます(注6)。
    固定損益計算書では固定客からの貢献利益から共通固定費を控除することで固定利益が計算されるのですが、これによって事業継続に不可避な固定費をどの程度まで固定的な利益によってカバーできているかが測れますので、財務の安定性(注7)を知る手段にもなります。

    5.固定収益会計による恩恵

      固定収益会計はサブスクに2つの恩恵をもたらしました。一つ目はそもそもサブスク会計では定期収益を予測確度の高い収益として捉えていましたが、固定収益会計の顧客関係性による分類によって非定期収益も予測可能性の比較的高い収益(注8)と低い収益に分類可能になり、定期と非定期を合わせた収益全体の予測可能性が高まることです。
     もう一つは一見して売り切りビジネスにみえる業態であっても顧客との関係性によっては継続的に繰り返し収益が発生することを会計的に明示し管理可能にしました。さらに言うなら、非定期収益であったものを定期収益として扱う方法を生み出したとも言えます(注9)。これにより、従来売り切りと考えられていたビジネスであってもサブスクとして再定義可能であることが暗に示されたのです。

    5.おわりに

      サブスクの定義は「顧客との継続的な関係が担保されている状態」です(注10)。ですが、何があれば担保されていると考えるのかは非常に難しい問題です。
     契約によって数年先まで継続利用と継続課金が保証されていれば担保されていると言いやすいのですが、これはいつまで続くか分からない将来という無限の期間を契約で一定期間に区切れば少なくともその期間においては担保されているということです。では契約期間が短い場合はどうでしょうか。例えば、毎月更新の契約やいつでも中途解約可能な場合は関係が担保されていると言えるのでしょうか。解約率が0%でない限り担保されているとは言えないでしょう。ですが、解約率10%であれば残りの90%は継続が担保されているとも言えます。このように担保はあるかないかではなく、程度で捉えるのが正しいと筆者は考えます。
     ですから、一見売り切りビジネスに見える業態であっても顧客が固定化し関係性の中で継続利用がなされ、課金形態の定額か従量の別を問わず繰り返し収益が発生するのであれば、事業者は自らをサブスクと再定義し、継続率(解約率)によって担保の程度を見極めながらビジネスをすることが可能です。これにより、サブスクビジネス特有の定期収益による予測確度の高さと利益コントロールの容易さといった恩恵を享受できるようになるのですが、サブスクの本質である顧客との継続的な関係を担保するための努力を惜しまないことが大前提になることは言うまでもありません。

    (注1) 鈴木(2008)を参照下さい。
    (注2) 例えばマーク(2017)の「第6章 すべての顧客は等しく重要……ではない」を参照下さい。
    (注3) 藤原(2020b)を参照下さい。
    (注4) 鈴木(2008)において他の尺度の検討余地があり課題が残されている旨が述べられています。
    (注5) 将来収益であるLTVの推計に解約率を用いるが、解約率は過去データを根拠とするため、将来は保証しませんが何も根拠なく将来を妄想するよりははるかにマシです。藤原(2020a)を参照下さい。
    (注6) この例からも、やはり固定収益会計のコンセプトは評価することに力点があり、収益性の高い顧客やロイヤルカスタマーにフォーカスした試みとは一線画していることが分かります。
    (注7) ストックではなくフローの安定性につながります。
    (注8) 固定顧客からの安定収益のことです。
    (注9) 非定期収益の定期収益化と呼ぶべきでしょうか。
    (注10) 宮崎(2019)を参照下さい。

    参考文献
    ・鈴木研一, 2008.3, 「固定収益会計の現状と課題」, 経営論集 55(4), 91-109
    https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/14702/1/keieironshu_55_4_91.pdf
    ・マーク・ジェフリー, 2017.11.27 第6刷, 『データ・ドリブン・マーケティング』, ダイヤモンド社
    ・宮崎琢磨 他 著, 2019.10.4,『SMARTサブスクリプション: 第3世代サブスクリプションがBtoBに革命を起こす!』,東洋経済新報社
    ・藤原大豊, 2020a.6.15,「投資採算計算のためのLTVを求める解約率」
    https://www.subscription-research.com/service/Subscriptionblog01-012
    ・藤原大豊, 2020b.8.17「定期収益の予測確度別分類と期待ARR」
    https://www.subscription-research.com/service/Subscriptionblog01-13

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