サブスク会計学
第4回
多様なLTV
要旨
LTVはその顧客が生涯にもたらす価値といった意味です。この定義に多義的な要素は無いように思われます。しかし、いざ計算しようとすると価値とは何か生涯とは何かといったことの検討に迫られます。それが故に多様なLTVが巷に溢れています。それらのLTVはそれぞれに正しいものではありますが、それぞれに意図があります。実際にビジネスで活用するためには価値とは何か生涯とは何か、そして実務上はどのように扱われているかといった考え方を知る必要があります。
1.はじめに
LTV(Life Time Value)はサブスクリプションビジネスにおいて重要な指標の1つです。CLV(Customer Life Value)やCLTV(Customer Lifetime Value)などとも呼ばれることがあります。非常にたくさんのブログや書籍においてLTVへの言及があり説明がなされています。いずれの出所をあたってもLTVとはその顧客が生涯にもたらす価値といった意味で説明されており、字面を捉える限りではその定義に不確かさや多義性は感じられません。しかし、いざ計算してみるとなると、価値とは何か、生涯とは何か、といった2つの問題に直面します。そして、価値も生涯も、そのビジネスの特性によって異なります。そのため、巷に溢れるブログや書籍において、様々なLTVが紹介されています。LTVのコンセプトは単純なものですから、間違ったものを紹介している例はほとんどないと思われますが、そこで紹介されているLTVがどのような考え方で紹介されているかには注意を払った方がよいでしょう。
2.初期のLTV
意外にもLTVは最近出現した指標ではありません。遅くとも1990年代前半の米国では既に実用化されており、スーパーマーケットや婦人服専門店等の小売業や航海旅行といった人生に一度利用するかどうかのサービスにまでLTVが活用されていました。当時は売り切り型のビジネスにおけるデータベースマーケティングの文脈でLTVが語られていました(注1)。
当時のLTVの計算式は5年などの任意の期間の各年の収益から原価と必要経費を控除した利益を現在価値に割り引いたものの合計としています(注2)。特徴を挙げると、期間が任意であること、利益ベースであること、現在価値に割り引くことの3点です。今でも尚、データベースマーケティングの分野ではこの考え方が通用しています(注3)。このLTVは利益だけではなく、時間価値を考慮していることから、経済的価値の観点からは理論的に正しいLTVであると考えられます。
ただし、期間の長さについては設定が任意であるため3年が正しいのか5年が正しいのかそれとも50年が正しいのか不明であり説得力に欠けます。また、現在価値に割り引くので割引率を設定しなければならなくなりますが、何が妥当な割引率なのかという別の議論を呼びます。さらに、利益ベースなので収益に対応する費用の集計と配賦といった実務的に煩雑で難しい作業をともないます。近年では顧客との取引を管理するシステムのSaaSの普及により、自前の基幹システムを持たない企業でも収益を簡単に集計できるようになりましたが、費用は未だに別途集計してシステムに取り込まなければ利益を計算することができないことが多いのではないでしょうか。これらの事情からLTVは理論的な正しさから距離を置き、実務上の要請に合わせ多様な姿を見せています。3.LTVを構成する要素の多様な考え方
3.1 価値
価値を利益ベースで計算するか、費用を全く控除せずに収益ベースで計算するかの2通りの方法があります。収益ベースで計算する場合は該当する期間の収益の合計がLTVとなります。この場合、費用を考慮していませんので、採算が取れているのか否かが不明確になります。不明確なままだとLTVを大きくすればするほど赤字になるという事態を招く可能性もありますので運用に当たっては特に注意が必要です。
価値を利益ベースで計算する場合。利益を粗利でみることも貢献利益でみることもあります(注4)。貢献利益がプラスであればLTVを大きくすればするほど営業利益が大きくなります。よって貢献利益を活用する方が好ましいのですが、費用の構成によっては粗利で代替可能なこともあります。
利益ベースで計算する場合、将来の利益を現在価値に割り引くことで、より厳密に経済的な価値が計算されます。またLTV計算の根拠となる利益は発生主義とするか現金主義とするかといったことも検討の余地があります。
収益ベース、利益ベースのどちらであっても売り切り型で繰り返し購入するリピーターを想定しているのか、サブスクリプションで定額課金なのか従量課金なのか、従量課金であれば何をキーとして課金額がカウントされるのか等の収益の発生形態によっても計算式が異なります。3.2 期間(生涯)
契約期間の無いビジネスの場合、例えばスーパーマーケットの顧客が何年間その店を使い続けるのかは分かりません。また、契約期間のあるビジネスであったとしても、契約期間満了後に継続するか解約のうえ一定期間をおいて再開するか、そして、それは何度起こるかは分からないので本当の生涯の期間を知ることはできません。ですから現実的な期間を任意に決めてしまうというのが1つの解決になります。ただし、任意に決めた期間が実態を正しく反映できるかは疑わしいです(注5)。
別の方法として顧客の平均利用月数や解約率(離脱率)(注6)を用いる方法があります。また契約によって期間が確定しているのであれば、その期間を用いることもあり得ます。ただ、いずれにしても個々の顧客の生涯の長さは解約(離脱)されるまで確定しませんので、実績値をもとに推計することが基本になります。3.3 木を見るか森を見るか
LTVは合計や平均によって全体を把握することが可能です。しかし、全体を見ても、個々の顧客の状況は分かりません。例えば、平均値が高いように見えてもほとんどの顧客の単価が低く、期間も短くて、一部の超ロイヤルカスタマーが平均値を上げている可能性もあります。このようにLTVといっても個々の集団、地域、製品、サービス等に層別することで全く様相が異なってきます。ですから、目的に応じて層別していくことが望ましいです。最終的には個々の顧客のLTVにまで層別したいところです。今や平均値以外の様々な統計指標を使いこなせる人材が珍しくなくなってきました。このような人材を活用すれば「木を見て森を見ず」でも「森を見て木を見ず」でもなく木も森も見えてきます。
4.おわりに
以上、LTVについて説明してきました。一般的にLTVの説明がなされるとき、計算式の解説と、いかにしてLTVを大きくするかといった話に力点が置かれているものが多数です。LTVの計算式も最大化のための手法も当然に重要な事項ですが、LTVは価値と生涯で構成されており、それぞれに何を当てるかによって意味の異なること、また、森を見るか木を見るかといった対象の範囲の限定と分析の仕方でも意味が異なることを知っておいて頂ければ状況の変化に応じて最適なLTVを使えるようになるのではないでしょうか。
(注1)アーサー(1999)参照下さい。
(注2) アーサー(1999)はLTVを「平均的な新規顧客が、ある一定年数にもたらすと思われる利益の現時点での正味現在価値(NPV)」と定義しています。
(注3) マーク(2017)はここからさらに顧客獲得コストを控除したCLTVを紹介しています。これはユニットエコノミクスと類似の指標となります。
(注4) 貢献利益は別稿で説明します。
(注5) マーク(2017)によれば85年間という期間を設定していた例もあるが典型的には3~5年としています。
(注6) LTV=平均単価×平均期間=平均単価÷解約率参考文献
・アーサー・M・ヒューズ 他, 1999.9.9, 『顧客生涯価値のデータベース・マーケティング―戦略策定のための分析と基本原則』, ダイヤモンド社
・マーク・ジェフリー, 2017.11.27 第6刷, 『データ・ドリブン・マーケティング』, ダイヤモンド社お気軽にお問合わせください
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