• サブスク会計学

    第9回

  • 投資採算計算のためのLTVを求める解約率

    要旨

      投資採算計算にユニットエコノミクスを用いる時、LTVを求めなければなりませんが、LTVは契約等で利用継続期間が保証されていない限り、推計するしかありません。解約率を用いれば推計可能ですが、そうなると解約率を求めなければなりません。
     解約率を求める方法は実に多様です。方法が多様であるが故に、投資採算計算という目的に照らし合わせて正しいLTVを求めるための正しい解約率とは何かが問題になります。

    1.はじめに

      ユニットエコノミクスは投資採算計算に用いられます(注1)。リターンをLTV(注2)、投資をCAC(注3)として計算します。当然ですが、LTVを正しく求めることができなければ、正しい投資意思決定をすることが難しくなります。
    例えば、契約期間3年で平均単価が12万円のとき、LTVは36万円です。契約によって利用継続期間が保証されているので、このLTVは実現する可能性が相当高いと考えていいでしょう。投資採算計算という目的においてこのLTVは正しく求められています。
     この例と違って契約等による保証がない場合はLTVを推計することになります。利用継続期間の算定が難しい場合は解約率を用いて推計できることを以前紹介しました(注4)。ですから正しい解約率が分かれば、正しいLTVが推計できます(注5)。ですが、今度は正しい解約率をどうやって求めるかという別の問題が生じます。そして解約率は切り口次第で実に様々です。

    2.様々な解約率

    2.1 レベニューチャーンとカスタマーチャーン

      一般的な説明では解約率には収益ベースの解約率であるレベニューチャーンと顧客数ベースの解約率であるカスタマーチャーンがあると言われています(注6)。どちらも、例えば月単位であれば当月の減少数を月初の数で除することで算出されます。複数の考え方があることで多面的な分析が可能になるのはありがたいのですが、どちらの解約率をLTV推計に使うべきかが問題になります。

    2.2 データ参照期間の長さ

      解約率の計算に使うデータの参照期間の長さをどうすればよいかも問題になります。長さの区切り方も年単位なのか月単位なのかといった考え方のほかに、提供しているサービスや製品のライフサイクルやアップデートの頻度に合わせた区切り方も考えられます。

    2.3 コホートによる解約率

    コホートとは共通した因子を持つ観察対象の集団のことです。サブスクでは期間を一つのコホートとみなした分析が知られています(注7)。例えば、今月に新規契約した顧客を一つのコホートとして観察し、先月に新規契約した顧客は別のコホートとして観察します。このとき、今月から新バージョンをリリースしたなどの要因があれば、今月新規契約したコホートの方が解約率が低いかもしれません。このようにコホートに分解するとどのコホートの解約率をLTV推計に用いるべきかが問題になります。
    さらに言えば、コホートの分け方によって解約率が異なる例は他にも、性別、年齢、職業、年収といった顧客の属性によるものや、どの代理店を経由したか、どのネット広告をクリックして流入してきたか、それとも自然流入だったのかといったチャネルによっても解約率が異なることがあります。ですが、精確さを求めるあまり、コホートの単位を小さくし過ぎると今度は全体を代表する解約率が分からなくなってしまいます。

    2.4 経年による変動

    事業責任者は解約率をKPIとして日々確認していると思いますが、解約率は時の経過とともに変動しますので、直近の解約率が正しいとは限りません。普段の月は解約率が高いのに今月だけ低いということもあれば、その逆もあります。顧客数が少なかったり単価が高いと解約1件が全体に与える影響が大きいので変動が大きくなることも考えられます。解約率を下げる活動が功を奏している間は時の経過とともに解約率が下がっていきますが、競合の出現などの環境変化があれば解約率は上がっていきます。このように解約率は変動していますから、いつ時点のものを用いるべきかが問題になります。

    3.保守的な解約率設定の問題

      ここまで述べてきたように、解約率の捉え方は様々です。そして、どれを用いれば投資採算計算のための正しいLTVを推計できるかは分かりません。ある見方では解約率が5%だったのが、別の見方では解約率が7%ということもあり得ます。このとき、保守的に考えるならば、高い解約率を用いた方がLTVが低く出るので7%を使うべきです。ですが、本当は5%の実力を持っていたとしたらLTVが過小評価されてしまうわけですから、投資額を低く抑えたり、場合によっては投資をしないという判断にもなりかねません(注8)。
     そうなれば大きな機会損失です。ですから投資採算計算を考える上では闇雲に高い解約率を使えばよいというものでもありません。

    4.AIによる解約予測

    近年、AIを活用した顧客行動予測というものが登場しました。顧客の解約についても予測するサービスが現れています。個々の顧客が解約するかどうかを予測できるのであれば、解約率もAIが予測することが可能かもしれません。しかし、予測に際してどのようなモデルを採用し、どのようなデータを投入するかということはAIではなく人間が決めることです。AIがどれだけ発達しても、投資採算計算に用いるLTVの計算において何が正しい解約率なのかという問いの答えを出せるのはAIではなく事業責任者です。

    5.おわりに

      投資採算計算のためのLTV推計の解約率に唯一の正解は存在しないだろうと筆者は考えています。ですが、正解がないということを知っておくことは実務上は非常に有益です。正解がないからこそ、多面的な方法で解約率をみることができ、より良い方法を求めて試行錯誤できるからです。より確かなLTVを求めるために、より確かな解約率の出し方を追い求めようとする研究がなされてもいいかもしれません(注9)。

    (注1) 藤原(2020a)を参照ください。
    (注2) Life Time Value:生涯顧客価値
    (注3) Customer Aquisition Cost:顧客1件当りの獲得費用
    (注4) 藤原(2020b)を参照ください。
    (注5) LTV=平均単価÷解約率
    (注6) Leo(2015)などを参照ください。
    (注7) Naoya(2019)が参考になります。
    (注8) 例えば、単価が100の場合、単価100÷解約率7%=1429、単価100÷解約率5%=2000
    よって高い解約率を用いた方が投資対効果が過小評価される
    (注9) 過去の解約率の変動の大きさに応じてプレミアムをのせる方法や、幅を設けて解約率〇%~〇%の信頼度〇%とする方法なども発想としては面白いと思います。

    参考文献
    ・Leo Faria, 2015.7.4, The essential SaaS metrics guide, Saasmetrics
    ・Naoya Tamura, 2019.1.14,「チャーンレート(解約率)の計算で注意したいこと」
    https://note.com/naoyasann/n/n8eda4abd9b95
    ・「LTVとユニットエコノミクス」藤原大豊, 2020a.5.11
    https://www.subscription-research.com/service/Subscriptionblog01-008
    ・「「期間想定がないときのLTVと現在価値の計算」藤原大豊, 2020b.6.1
    https://www.subscription-research.com/service/Subscriptionblog01-004

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